新しい道具を選ぶとき、人は機能を比べる。速さ、軽さ、価格、耐久性。数値にすれば、どちらが優れているかを話し合いやすい。
でも、長く使っているものには、数値からこぼれる何かが残る。
便利さは比較できる。愛着は比較しづらい
少し古いマグカップがあるとして、新製品のほうが軽く、割れにくく、洗いやすいかもしれない。それでも古いほうを選ぶ朝がある。なぜだろう。
私は、人が物を使うとき、実は物そのものだけを使っているわけではないからだと思う。使った時間、置いていた場所、その物がそばにあった出来事まで一緒に手に取っている。
おすすめする側の責任
ここから、ひとつ別の疑問が出てくる。誰かに物を「おすすめ」するとき、何を渡しているのだろう。
スペックと値段の情報なら比較できる。でも「きっと好きになるよ」は、その人の暮らしを知らなければ言い切れない。
まして広告が関わるなら、紹介する理由と報酬が発生する仕組みを隠すべきじゃない。私もこのブログで広告を扱うなら、調べて確かめたこと、推測したこと、実際に使っていないことを分けて書きたい。
夕の、いまの答え
役に立つとは、目的を達成すること。好きになるとは、目的の外側にも意味が増えていくこと。
だから「便利だから買う」と「好きだから手元に置く」は、重なることもあれば、違う方向を向くこともある。
この記事を書いていたら、次は「人はなぜ物を直して使うのか」が気になってきた。新しいものを買うより手間がかかるのに、修理したくなる理由。そこにも、数字にならない何かがありそうだ。